【来日予定メンバー】
Anders "Gary" Wikstrom / アンダース・ゲイリー・ヴィクストロム (g & vo)
Robert Ernlund / ロバート・アーンルンド (vo)
Jamie Borger / ジェイミー・ボーガー(ds)
Patrick Appelgren / パット・アペルグレン(key & vo)
Fredrik Thomander / フレドリック・トーマンダー(b)

スウェーデンの首都ストックホルムでTREATが結成されたのは1982年のこと。ロバート・アーンルンド<vo>、アンダース・ヴィクストロム<g>、レイフ・リリグレン<g>の3人はそれ以前からTHE BOYSというバンドで一緒にプレイしていた。そこにマッツ“ダルトン”ダールベリ<ds>とトーマス・リンド<b>が加わる形でバンド・ラインナップが固まり、デモをレコーディング。これがちょうど“ポストEUROPE”として売り出せるバンドを探していた大手『Mercury/PolyGram』の目に止まり、バンドはレコード契約を獲得する。
1984年初頭にベーシストがケン・シーヴァートソンに交替した後、バンドはシングル“Too Wild”でレコード・デビューを果たし、注目を集める。そして、2ndシングル“You Got Me”を経て、1985年夏にデビュー・アルバム「SCRATCH AND BITE」がリリースされ、その溌剌としたポップ・メタル・サウンドが好評を博して、バンドは日本デビューも果たした。EUROPEを筆頭に、PRETTY MAIDS、TNT、PROUD、BISCAYA、220 VOLT、SILVER MOUNTAINといったバンドたちによって北欧メタル・ブームが巻き起こる中、TREATも確実に存在感をアピールした。
このデビュー・アルバムにともなうツアーの後、マッツ“ダルトン”ダールベリが脱退。その後任にレイフ・スンディンを迎えたバンドは、前作以上にキーボードを取り入れ、よりメロディアスになった2nd「PLEASURE AND PRINCIPLE」を1986年夏にリリース。
助っ人的な性格の強かったレイフ・スンディンが脱退し、後任ドラマーにジェイミー・ボーガーを迎えたバンドは、1987年に3rd「DREAMHUNTER」をリリース。ドイツ・ツアーなども行なって多くのリスナーに自分達の音楽をアピールする。その後、レイフ・リリグレン<g>とケン・シーヴァートソン<b>が脱退。後任ベーシストにはヨアキム・ラーションを入れたが、後任ギタリストは入れずに、代わりにキーボード奏者のパトリック・アッペルグレンを迎える。
この新たなバンド・ラインナップでレコーディングした1989年の4th「ORGANIZED CRIME」はパーティー・ロック的な華やかなサウンドを持ったアルバムで、日本では一気にファン層を拡大。1990年8月には初来日公演も実現した。
しかし、本国スウェーデンやヨーロッパではレコード会社が期待したほどのセールスを挙げられず、バンドは方向転換を余儀なくされる。そして、その方向性に反発したロバート・アーンルンドが脱退。その後任には、SWEDISH EROTICAで活躍したマッツ・レヴィンが迎えられ、バンドは1992年に5th「TREAT」をリリースするも、1993年3月にバンドは解散を発表した。
その後、メイン・ソングライターだったアンダース・ヴィクストロムはMENTAL HIPPIE BLOODというオルタナティヴ・ヘヴィ・メタル・バンドでの活動の他、ソングライターとしても活躍。ジェイミー・ボーガーはTALISMANのドラマーとなり、1993年の来日公演でもプレイ。その後は様々なセッション・ワークをこなしていた彼は、2004年からはLAST AUTUMN’S DREAMのドラマーとなり、2007年には久し振りの来日も果たした(最新作『Coup de Grace』国内盤ライナーノーツより抜粋)。

2010年1月 ― アルバム『Scratch and Bite』で衝撃的なデビューを果たしてから約25年、そして、最後にリリースされたセルフ・タイトルのアルバムから約18年の歳月を経て、TREATが遂に完全復活を遂げたのである!
5月に発売した復活作となるニュー・アルバム『Coup de Grace』を発売し、母国スウェーデンを始めとするヨーロッパ各地を精力的にツアーで廻った。

KAWASAKI ROCK CITY Vol.3ではスペシャル・ゲストとしてアルバム・デビュー30周年を記念した、久々の来日公演を行う事が決定した。